野村証券の池田雄之輔チーフ為替ストラテジストはこう指摘する。「エジプトの政情不安が再び原油価格を押し上げている。貿易赤字が円安を支える土台になる構図は当面変わりそうにない」。リーマン・ショックを乗り越えた世界経済の復調気配も、一段の原油高を期待する投資家への思惑を誘う。需給が放つシグナルは完全に円安方向を指している。
金利差はどうか。答えは単純明快だ。
■発言より金利差に関心
5月22日に米量的緩和第3弾(QE3)の出口論に踏み込み、急激な円高・ドル安の巻き戻しを招いた米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長。米緩和縮小の開始時期は年末なのか、それとも6月に前倒しされるのか――。それ以降、議長の発言は市場の熱心な注目を浴び、ヘッジファンドが言葉尻をとらえて大規模な円買いや円売りを繰り返す展開が続いてきた。
だが、こうした混乱も次第に収束しつつある。市場は「結局のところ、緩和縮小の時期は雇用統計の内容次第で変わる」ということに気づき、FRBが緩和縮小の基準として示す毎月の失業率の動向を冷静に見極める姿勢に変わり始めた。
ヘッジファンドの思惑による売買が剥がれれば、最後に残るのは「いずれFRBは緩和縮小に動く」という事実だけ。これに対し、日銀は4月の異次元緩和導入時に「マネタリーベースを今後2年間で2倍に増やす」と宣言している。目指しているのは、FRBの正反対の政策運営、つまり緩和拡大だ。
日米の金利差は既に拡大に向かっている。需給要因に加え、金利差要因もまた、FRBの緩和縮小が本格化する来年にかけて円安方向へとなびく。
為替相場は様々な要因や思惑が複雑に絡み合い、方向感を見極めるのが難しい。だが裏を返せば、大きな相場材料が見当たらない時期は、需給や金利差といった実体経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に左右されやすくなる。為替ディーラーたちが取引に迷った時に「原点に返る」とは、そういうことだ。
世界経済を見渡せば、日米が復調に向かい、ユーロ圏も最悪期をようやく脱しつつある。波乱材料がなく、需給や金利差を映す円安は、統計や金利の数値が急変動しない分、緩やかな動きになりやすい。
アベノミクスをテーマにした激動の円安劇場第1幕では、円相場が半年間で20円も急落するという乱高下が繰り広げられた。
これから新たに始まる第2幕は、がらり場面が一転。相場全体に安堵感が漂う静かな展開になりそうだ。強いて言えば、1年から1年半をかけて5~10円の緩やかな円安が進むといったイメージか。最近のはやりに名を借りれば、「ゆるキャラ」ならぬ「ゆる円安」が始まる可能性が高い。
ただ市場から波乱要因が完全に消えうせたわけではない。なだらかな舞台に大きな落とし穴がしつらえてあるとすれば、景気減速傾向が次第に鮮明になってきた中国を含む新興国経済の行方だ。
1990年代後半の世界市場の大混乱を覚えているだろうか。きっかけは、米国が過剰に膨らんだ経常赤字を補うため、世界の投資マネーをウォール街に呼び込もうと打ち出した「強いドル」政策だった。
当時、自国通貨をドルに連動(ドルペッグ)させていたアジアの新興国は、ドル高に伴う自国通貨高に輸出産業などが即応できなかった。ヘッジファンドによるアジア通貨への激しい売り浴びせもあり、タイやマレーシアなどアジア各国は相次いでドルペッグから離脱。変動相場制への移行を余儀なくされ、通貨の急落を招いた。その余波はアジアへの輸出依存を強めつつあった日本にも悪影響を及ぼし、その後の未曽有の金融危機の一因にもなったという指摘もある。
■G7主導で市場監視を
通貨危機の苦い教訓もあり、アジアの新興国は現在、ドルペッグをほとんど採用していない。このためFRBの緩和縮小によるドル高がアジア市場にどの程度の悪影響を及ぼすかは未知数だ。
ただ5月22日の「バーナンキ・ショック」では、実際に緩和縮小を始めたわけでもないのに、新興国市場に流入していた緩和マネーが逆流し、インドルピーが対ドルで過去最安値を更新するといった混乱を引き起こした。しかも世界市場の一体化が進む現在では、新興国市場の混乱はアジアに限らず、中南米や東南欧の諸国にも瞬く間に連鎖するようになっている。
2008年秋のリーマン・ショック以降、世界経済のかじ取り役は先進国によるG7に代わり、先進国に新興国を加えたG20が担うようになった。だが世界経済のけん引役はリーマン・ショック後の新興国主導から、再び先進国主導に変わりつつある。
まもなくリーマン・ショックから5年。「先進国vs新興国」の利害対立で有効な対策を打ち出しきれないG20に代わり、復調したG7が世界市場の安定に指導力を発揮する。それこそが日本の望む緩やかな円安を担保する近道のように思える。
0 件のコメント:
コメントを投稿