2012年9月29日土曜日

東日本大震災 当初復興予算&デタラメ執行

復興に集中投資 補正と合わせ計18兆円

                                                                     2011/12/25 3:30


 政府が2012年度予算案で新設する東日本復興特別会計(仮称)に約3.8兆円を計上したことで、震災復興対策として投じる資金は11年度第1~3次補正予算と合わせて約18兆円に達した。11~15年度の5年間に19兆円を投じる当初計画だったため、ほとんどを使い切る。ただ11年度に成立した補正予算の中ですら、まだ支出していない資金も多く、効果が本格的に出るのはこれからとなる。

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 今回の被災地支援の柱は、被災自治体を資金や制度面で支援する復興特別区域(特区)。特区に選定された自治体の市街地整備や集落の集団移転に充てる「震災復興交付金」に、11年度3次補正と12年度予算案を合わせて1.8兆円を配分した。ただ、特区の選定はこれからで、実際の支出はまだない。

 復興の妨げとなる、がれき処理には11年度1次補正から12年度予算案までの累計で約1.1兆円を計上。このほか雇用対策や中小企業の資金繰り支援など、産業復興対策も盛り込んでいる。

 一方、復興経費の財源調達には課題が残る。5年間に投じる19兆円のうち、財源確保が新たに必要になったのは15.5兆円。これを10.5兆円の住民税や法人税などの臨時増税と5兆円の税外収入で賄うというのが当初計画だ。

 問題は5兆円の税外収入をいかに確保するか。この中の6000億円分は国家公務員の給与削減で調達する予定だが、実現するためには給与を平均7.8%下げる必要がある。関連法案は与野党協議の不調で依然として成立していない。

2012年9月28日金曜日

炎天下の女川原発 19人の外国人専門家が見たもの

 7月下旬、6カ国・19人からなる外国人ばかりの専門家チームが東北電力・女川原発(宮城県女川町、石巻市)建屋に踏み込んだ。東日本大震災でどんな影響を受けたのか、詳しく実地視察するのがミッションだ。東京電力・福島第1原子力発電所の事故から間もなく1年半。政府や国会、東電などの調査でも事故原因は特定できず世論が「脱原発」に傾くなか、炎天下の女川で、彼らはいったい何を見たのか。

■会見で明かされたオナガワの実態





 8月10日夕、東京・内幸町にある「フォーリン・プレスセンター」の会見場。国際原子力機関(IAEA)や米原子力規制委員会(NRC)、フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)、民間の一線級の専門家ら総勢19人が姿を現した。7月末から8月上旬にかけ2週間にわたって女川原発を視察した「オナガワ・ミッション」のメンバーたちだ。

 福島原発事故の後、外国の専門家が日本の原発に入り、「ウォークダウン」と呼ぶ詳しい調査をするのは、これが初めて。会見場には国内外のメディアが待ち構えていた。代表して話をしたのはIAEA耐震安全センター長のスジット・サマダー。強行日程の直後とあって表情には疲れも見えたが、発したメッセージはきわめて明確だった。

 「2週間かけて女川原発の1~3号機を見て来た。あれほど巨大で長く続いた地震にあったにもかかわらず、驚くほど損傷が少なかったというのが結論だ」「(放射性物質のとじ込めなどで極めて高い性能が求められる)安全系の設備はいずれも健全だった。安全面で十分なゆとりを持つ設計になっていたことが分かった」



記者会見で話すスジット・サマダーIAEA耐震安全センター長(右)
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記者会見で話すスジット・サマダーIAEA耐震安全センター長(右)

 安全系ではない2号機と3号機のタービン建屋に損傷が見つかったものの、いずれも軽微で深刻なものはなかったとも説明した。

 スイス人記者が質問した。「女川は再稼働できるということか」

 サマダーが答える。「今回の視察は、再稼働の是非を判断するのが目的ではない。IAEAには加盟国に原発の運転の是非を指示する権限もない。ただ、女川を襲った地震の大きさを考えれば、もっと大きな損傷を受けてもおかしくなかった。しかし、実際にはそうならなかった、ということを申し上げている。視察で得たデータはIAEAに持ち帰って詳しく分析し、加盟国の原発安全性向上に役立つデータベース作りにつなげたい」
 サマダーが会見で視察結果の詳細や女川の再稼働問題に踏み込まなかったこともあり、この会見が大きく報道されることはなかった。詳しい内容を知るにはIAEAが9月中に発表する正式な報告書を待たなければならないが、オナガワ・ミッションは今後の原発論議の転換点になる可能性を秘める。

■ミッション立ち上げのキーマンが語る思い



東北電力女川原子力発電所
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東北電力女川原子力発電所

 そもそも、なぜこの専門家集団が結成されたのか。彼らは女川で何を見て、何を感じたのか。日本に住むひとりの米国人を訪ねた。

 英国のリスク分析会社ロイド・レジスターに所属するコンサルタント、ウディ・エプシュタイン。スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の事故評価を担うなど確率論で巨大技術のリスクを分析する専門家として知られる。2003年に内閣府の遺棄化学兵器処理事業を指導するために来日し、日本人の夫人と埼玉で暮らす。

 福島原発事故後は東京工業大学客員研究員の立場で事故分析に乗り出し、事故からわずか1カ月後の11年4月には論文を発表。その後も東電幹部への聞き取り調査をしながら、日本の原発の安全性を高める方策を提言してきた。

 今回のオナガワ・ミッションの中核メンバーとして活動を主導したのもエプシュタインだった。

 福島原発事故の後、事故対応や周辺住民の避難指示などをめぐり、東電や政府の失態が次々と判明。電力会社や規制機関、大学などからなる「原子力ムラ」に対する国民の不信感はピークに達した。原発の今後の扱いに関する議論は迷走した。



女川原発は福島第1を上回る強い地震に襲われた
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女川原発は福島第1を上回る強い地震に襲われた

 どの原発のどの部分が壊れ、どこが正常に機能したのかを第三者が点検し、情報を国民に提供できれば、原発の再稼働の是非に関する判断の材料になる――。そう考えたエプシュタインが「全原発視察計画」の実現へ向けて動き出したのは今年1月だ。

 まずは最初の視察先の選定。もちろん福島第1は候補だったが、地震と津波、水素爆発が連鎖した事故現場はいまも混沌(こんとん)としている。放射線量が依然高いエリアがあり、活動時間も限られる。検討の結果、最終的に選んだのは女川原発。「東日本大震災の時、福島第1を上回る最大の揺れに襲われたから」(エプシュタイン)だ。高さ14メートルに迫る巨大津波も押し寄せたが、それでも福島第1のような事故をまぬがれた女川を調べれば、有益な情報が得られるとの読みだった。
■東北電力が見せた意外な反応



総勢19人で2週間、女川原発を詳しく調べた
総勢19人で2週間、女川原発を詳しく調べた

 エプシュタインは4月、元上司で地震工学の著名な専門家、ピーター・ヤネフとともに、仙台市内の東北電力本店を訪れ、応対した副社長の梅田健夫らに、視察の受け入れを打診した。

 「女川原発の1~3号機について、地震と津波で受けた影響を詳しく調べたい」「震災でダメージを受けた施設、無事だった施設の双方について、視察結果を国内外に公表させてほしい」

 東北電力は意外な反応を見せた。視察の受け入れ、結果の公表の双方に応じるだけでなく、逆提案をしてきたのだ。「あなた方民間の専門家に、IAEAを加えてくれないか」

 「IAEAは日本人に知られており、信頼されている」というのが東北電力の言い分だった。IAEAの名前で視察結果が公表されれば、オナガワ・ミッションの権威が増し、とりわけ東北電力の管内に住む地域住民が原発の現状について耳を傾けてくれるというわけだ。梅田は視察を受け入れる理由について「東北の住民を安心させたい」と話したという。

 結局、ミッションの人数は官民合同の19人に膨らんだ。サマダー以下IAEA関係者が6人、ロイド・レジスターからはエプシュタインら6人が参加。米仏の原子力規制当局であるNRC、IRSNも専門家を送り込んだ。原子力大手企業、仏アレバも地震専門家を派遣した。ミッションの独立性を保つため、滞在費用は「参加者それぞれの持ち出し。日本政府や東北電力の支援は一切受けなかった」とエプシュタインは話す。



オナガワ・ミッションの主な構成メンバー
氏名 所属など
国際原子力機関(IAEA) スジット・サマダーら6人
米原子力規制委員会(NRC) 2人
フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN) 1人
リスク分析会社の英ロイド・レジスター ウディ・エプシュタインら6人
構造工学コンサルタント会社の英ペル・フリシュマン 2人
フランスの原子力大手アレバ 1人

 2週間に及んだ視察は苦労の連続だった。ミッションは日本の地方の町を訪ねるのは初めてというメンバーばかり。女川周辺に十分な宿泊先がなく、一行は毎日、小牛田から片道2時間ほどをかけて原発に通った。小牛田では着慣れない浴衣姿で寝泊まりし、日本語も分からないまま近くのスーパーに買い出しにも出掛けた。

 視察当時はロンドン五輪のまっ最中だったが、ゆっくりテレビ観戦といった余裕はない。ロイド・レジスターからの参加者には英国出身もいたが、「五輪よりも得難い体験をした」と振り返る。

 「驚くほど損傷が少なかった」という言葉に集約される今回の視察結果について、エプシュタインは「東北の人々にとって、グッドニュースだ」と訴える。

 現地で得た地面の揺れの大きさや時間、周波数データをもとにエプシュタインが試算したところ、「女川原発は計算上、壊れ始めるとされる値の3~4倍の強い地震に耐え抜いたことが分かった」という。福島原発事故の後、前首相の菅直人が原発再稼働の前提条件としてコンピューター・シミュレーションによるストレステストのクリアを打ち出したが、エプシュタインに言わせれば、現地視察でも貴重なデータは得られる。
 計算結果が正しいなら、女川は再稼働できるのか――。改めて聞くと、エプシュタインは「それを判断するのはやはり、あくまでも日本人だ」と話す。

■福島第1と命運を分けたポイントとは…



女川原発1号機の原子炉建屋内で説明を受ける
女川原発1号機の原子炉建屋内で説明を受ける

 無事だった女川と、事故を起こした福島第1。命運を分けたポイントは何だったのか。「評価には時間がかかる」としつつ、エプシュタインは、いくつかの要素について語った。

 原発の設計、施工方法の違い、過去地震にあった際の補修方法、点検と品質保証の違い……。そして最後に挙げたのが「(原発を運転する電力会社の)経営体制と企業文化の違い」だった。

 エプシュタインは東北電力について「きわめて協力的でオープンだった」と高く評価する。「2週間の視察期間中、東北電力は同行付きとはいえ、希望する施設にはすべて立ち入らせてくれた。聞き取りにも十分に応じてくれた」と明かす。丁寧な仕事ぶりが事故回避でプラスに働いたのではないか、と感じているという。

 視察の受け入れは東北電力にとって、いちかばちかの賭けという側面もあったはずだ。もし地震や津波による深刻な後遺症などが判明し、その内容が世界に公表されれば、東北電力の株価は急落し、経営危機に陥りかねない。



防護服を着て原子炉の中枢付近もチェックした
防護服を着て原子炉の中枢付近もチェックした

 しかし、その一方で、「原子力ムラ」への国民の不信は一向に解消せず、新たに原子力の規制や安全行政を担う原子力規制委員会の選任も遅れている。このままだと、日本人の独力では混乱状態から抜け出せそうにない。

 そう考えた東北電力は、むしろオナガワ・ミッションの受け入れを原発の健全性を内外に訴えるチャンスととらえ、協力姿勢を打ち出したに違いない。IAEAの受け入れをあえて逆提案したのはその証だろう。

 「情報隠しや検閲は一切しない、というのが視察の要件だった」とエプシュタインは振り返る。IAEAの名前で9月に発表する最終報告書も、19人のメンバー全員が署名することになっている。エプシュタインは強調する。「一部でも事実と異なる記載があれば、自分はサインしない」
■過去の報告書と異なる性格、新たな議論の契機に?



タービン建屋で
タービン建屋で

 7月までに出そろった政府や国会などの報告書は、あくまでも福島第1原発事故の原因究明が目的。しかも、地震に起因する直接的な原発損傷があったかなど基本的な部分での見解は分かれている。事故原因の究明には今後も多大な労力を注ぐ必要がある。

 一方、エプシュタインらによる視察は、東日本大震災で深刻な事故を免れた原発を徹底的に検証し、原発の安全性向上に役立つ教訓を引き出そうとする試みだ。

 「失敗から学ぶことも重要だが、うまくいった例からも同じくらい貴重な教訓を引き出せる」とエプシュタイン。「信頼できる分析結果があれば、良い判断材料になる。視察結果をもとに、原発問題について日本で新しい議論を始めてほしい」

 すでに女川視察に参加したメンバーは、ミッションの成果を生かそうと動き出している。例えば、女川に専門家を出した米NRCや仏IRSNは、両国がそれぞれ進める「全電源喪失状態」の回避策を含む原発耐震安全性の新基準作りに、日本で得た教訓を反映させようとしている。原子力ビジネスをてがける企業も、顧客に巨大地震への備えを十分に説明する必要がある。アレバはそのヒントを女川に探しに来たに違いない。



IAEAは9月中にオナガワ・ミッションの正式な報告書を発表する(ウィーンの本部)=AP
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IAEAは9月中にオナガワ・ミッションの正式な報告書を発表する(ウィーンの本部)=AP

 翻って日本。有識者を総動員して政府や国会、東電などが試みた福島第1の事故調査でも原因特定には至らず、世論は「原発は危ないからなくすべきだ」と「脱原発」に傾きがちだ。関西電力・大飯原発に続く再稼働の行方も不透明。だが一方で、電力会社は原発停止に伴い火力発電所をフル稼働し、日本の貿易赤字が過去最悪の水準になるほど燃料の購入費は膨らむ。高コスト体質の日本に見切りをつけ海外に出ていく企業の動きも、うねりになりかねない。

 国の在り方にもかかわるエネルギー問題は容易に答えが出るものではない。いま求められているのは、より多様な判断材料を土台にした議論を通じ、多くの人びとが納得できる解を探す努力を続けることだろう。9月に出されるオナガワ・ミッションの報告書を新たな議論のきっかけのひとつにしない手はない。

2012年9月27日木曜日

新幹線の天使たち 日本の「おもてなし集団」

     世界から熱い注目を浴びる、日本の「おもてなし集団」


                                                                                 (SPA! ) 2012年9月27日(木)配信
 
  ホームに入ってくる新幹線に一礼している集団を見たことあるだろうか。
フランスの国鉄総裁に「これをフランスに輸出してほしい」と言わしめた、
日本が誇る「おもてなし集団」である。
前米国カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルェネッガー氏や米国運輸長官ラフード氏も、
日本を訪れた際にわざわざこの集団を視察している。
今回ご紹介する『新幹線お掃除の天使たち
  「世界一の現場力」はどう生まれたか?』(あさ出版)は、そんな彼らにスポットを当てた一冊だ。

 この「おもてなし集団」とは、JR東日本グループ会社の鉄道整備株式会社、
通称“テッセイ”の社員たち。
停車している新幹線や駅構内を掃除する清掃員である。
一見、地味な肩書きに聞こえるが、
世界最速と言われる「魅せる清掃」で世界中から注目を集めている。

 東京駅の東北・上越新幹線などの折り返し時間はわずか12分。
乗降時間に5分かかるため、清掃にさける時間はたった7分間である。
そんな限られた時間内に、座席下や物入れにあるゴミをかき集め、
全てのテーブル・窓枠を拭き、トイレの清掃までもを完璧に終わらせる
(トイレがどんなに汚れていたとしても彼らは任務を完遂する!)。
列車ダイヤが乱れてもなんのその。
機転を利かせた人員配置で見事に時間内に仕事を終わらせる。

 その早さと完璧さも圧巻であるが、
彼らが世間から注目されている理由はそれだけでない。
車両清掃チームは、列車が入線する3分前にホーム際に整列し、
新幹線がホームに入ってくると深々とお辞儀をして迎えるのである。
さらに、清掃を終えたチームは再度整列し、
ホームで乗車待ちの客に「お待たせしました」と一礼する。
この礼儀正しさと華麗な神業をして「7分間の新幹線劇場」と言われている。

 本書はそんな「新幹線劇場」の主役である清掃員(別名「お掃除の天使たち」)と
彼・彼女らを支える経営陣に焦点をあてる。

第一部ではお掃除 の天使たちが経験した心温まるストーリーを紹介。
「お掃除のおばさん」をしていることが恥ずかしく親類に清掃会社で働いていることを
隠していた女性が仕事にプライドを抱いていくストーリーや、
東日本大震災直後に無惨なほど汚れた車両をお掃除の天使たちが
手分けして奇麗にしていくストーリーなど、読み進めているとほっこりした気分になったり、
目頭が熱くなったりする。

第二部では、会社の経営陣たちが如何にして「最強のチーム」を作っていったかを
早稲田大学ビジネススクール教授の著者が分析しており、ここが本書の醍醐味である。
7年前、テッセイは普通の清掃会社にすぎなかった。
バリバリ高学歴の職員が多くいるわけではなく、
従属的な関係のなかで与えられた 仕事だけを淡々とこなす、いわゆる下請け会社。
そんな会社を現専務取締役である矢部輝夫氏らが変革していく過程が紹介されている。

 本書はいわゆる経営本では全くない。
しかし紹介されているテッセイの取り組みを通じて、
現場力の強化・組織の変革には何が必要なのかという 組織論、
ブランド力強化・顧客満足度向上をいかに実現していくかというマーケティング論など、
会社をキラキラ輝く会社へと変貌させるためのヒントがつまっ ているのだ。 
<レビュー/久保洋介(HONZ)>★このレビューの全文はこちら⇒http://honz.jp/15011

2012年9月26日水曜日

東京ふしぎ探検隊 国道1号は何故「第二」京浜か

     国道1号はなぜ「第二」京浜なのか 環状3号に幻の区間

 日本中を走る国道。大動脈ともいえる1号線は東京・日本橋が起点だ。しかしこの国道1号、東京から神奈川へ向かう一部区間では「第二京浜」と呼ばれている。日本を代表する国道なのになぜ「第二」なのか。その背景には、道路整備を巡る様々な「事情」があった。

■旧東海道、日本橋から横浜までは国道15号
 東京・日本橋。首都高速道路の高架に覆われた橋のたもとに、「日本国道路元標(げんぴょう)」と書かれたプレートが飾ってある。日本橋が日本の道路の起点となっていることを示すしるしだ。広場にあるのはレプリカで、本物は道路の真ん中に埋め込まれている。

 日本橋は江戸時代に定められた五街道の起点で、現在も国道1号、4号、6号、14号、15号、17号、20号はここから始まる。では、東西を横断する国道1号は当然、旧東海道だろうと思いきや、違うらしい。



「日本国道路元標」は道路の真ん中に埋め込まれている(東京・日本橋)
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「日本国道路元標」は道路の真ん中に埋め込まれている(東京・日本橋)

 「国道1号はその大半が旧東海道ですが、日本橋から横浜までは、国道15号が旧東海道に近いルートなんです」。「国道の謎」(祥伝社)などの著書がある国道研究家の松波成行さんが教えてくれた。

 地図を確認してみた。日本橋から始まった国道1号は日本橋交差点で右に折れ、「永代通り」を進んでいく。一方で日本橋から1号と同じ道を進んできた15号は日本橋交差点を直進する。古地図を見ると、確かにこちらが旧東海道を踏襲しているようだ。

 1号と15号は、通称でも「逆転」している。1号は五反田から「第二」京浜と呼ばれるのに対し、15号は新橋から「第一」京浜。いずれも横浜まで続いている。1号は日本で最初の国道ではないのか? 素朴な疑問を松波さんにぶつけてみた。

■戦後に国道を再編 自動車対応進んだ第二京浜が1号に

 「現在の国道は戦後になって再編され、番号を振り直しました。明治時代に最初に指定された国道とは番号の振り方が違うのです」。松波さんによると、1885年(明治18年)、明治政府は「国道表」を発布した。このとき、国道1号として旧東海道の日本橋から横浜港までを指定。これが、現在の15号に近いルートだった。



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 大正時代になると、旧国道1号は交通量が増えてきた。自動車が走るようになったのだ。もともと自動車に対応できる道幅ではなかったことから、新たに自動車も通行できる道路への改築が始まる。「初めて自動車道路を意識した道路でした」と松波さん。1930年(昭和5年)に完成したこの道路が、「京浜国道」と呼ばれるようになった。当時としては画期的な道路だったという。これが「第一京浜」のルーツだ。

 一方、さらに増え続ける交通量に対応するため、1936年(昭和11年)から「新京浜国道」の整備が始まる。これが「第二京浜」だ。

 1952年(昭和27年)、新道路法に基づき国道が再編される。このとき、第二京浜を含めたルートが国道1号に指定された。一方の第一京浜は15号となった。1号なのに「第二」京浜という逆転現象は、歩行者から自動車へと重心が移っていく国道の歴史を映している。

 ちなみに、第三京浜は当初から「自動車専用道路」として計画された。1965年(昭和40年)に全線開通となったが、当時は都道府県道の扱いだった。国道466号の一部となったのは1993年(平成5年)とずいぶん遅かった。
■日本一長い国道は4号 所要時間は1号が上回る



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 国道は全国に何本あるのだろうか。国土交通省によると現在、507号(沖縄県糸満市―那覇市)まで指定されているという。ただし一部が欠番となっており、全部で459路線あるらしい。

 この中で最も長いのが、東京・日本橋から青森までの4号。総距離は737キロにもなる。ただし所要時間で見ると順位は変わる。やや古いデータではあるが、「道路時刻表07~08」によると、所要時間が最も長い区間は1号の「大阪・梅田―東京・日本橋」で18時間29分。大阪から東京へ向かう方が東京から大阪より2分長かった。4号は2番目の長さだった。この道路時刻表、07~08年版を最後に廃止されている。

 ちなみに日本一短い国道は神戸市にある174号。わずか187メートルしかない。ランキングを見ると、上位には港湾部の国道が並ぶ。松波さんによると、道路法で「重要な港湾や飛行場と国道を結ぶ道路を国道に指定する」と規定していることが、こうした短い国道を生んでいる。

 ところで国道を走っていると時々、奇妙な光景に出くわす。愛好家の間で「おにぎり」とも呼ばれている逆三角形の国道の標識が、いくつも並んでいる場所があるのだ。なぜか。実は1つの道路が、複数の国道に指定されることがあるのだ。

 例えば日本橋では、道路元標から日本橋交差点までの間が1号と15号、20号に指定されている。1号と20号は桜田門交差点まで重複している。道路元標より北側も、4号、6号、14号、17号がそれぞれ重なっている。国交省によると、国道は主要都市間を結ぶ道路なので、起点や終点付近では重なりがちだという。
■日本初の「高速道路」は銀座 幻の「スカイビル計画」も



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 国道15号は日本橋から新橋までの間、中央通りとも呼ばれている。銀座では中央通りを取り囲む形で、高架上を道路が走っている。この道路、日本初の「高速道路」だという。

 日本で初めて都市間をつなぐ高速道路ができたのは1963年(昭和38年)。名神高速道路だ。実はそれより前、「高速道路」を名乗る道路があった。東京高速道路だ。

 開通したのは1959年(昭和34年)。「当時は銀座・中央通りの渋滞がすさまじく、その対策として高速道路計画が浮上したようです」。東京高速道路取締役の鈴木孝弘さんが建設の経緯を教えてくれた。

 同社の社史「東京高速道路三十年のあゆみ」によると、当時、三菱地所の社長だった樋口実氏ら23人の財界人が発起人となり、会社を設立した。民間の手で高速道路を造るという壮大な計画だった。

 ただの道路ではない。樋口氏らが東京都に出願したのは、地下4階、地上12階のビルの2階部分に道路を設けるという「スカイビルディング計画」だった。当時東京都の建設局長で、東京・新宿にある歌舞伎町の生みの親としても知られる石川栄耀(ひであき)氏が構想したといわれている。1981年(昭和56年)発刊の社史はこう振り返る。

 「スカイビルディング計画が完成を見たならば、東京の都心部は、現在とは違った形で発展したことだろう」

 確かに、12階建てのビルがぐるりと銀座を取り囲んでいたら、銀座の印象はかなり違っていただろう。それはちょうど、城壁のように見えたかもしれない。

 計画は実現しなかったが、代わりに1、2階が店舗で3階部分が道路というユニークな構造となった。店舗や駐車場、オフィスの賃貸収入で道路を維持管理しており、道路の通行料は無料。厳密には高速道路ではなく一般道路だが、利用者から見ると高速道路と区別はつかない。立派な「日本初の高速道路」だ。首都高も厳密には高速道路ではなく、自動車専用道路。こちらもイメージは高速道路だろう。
 ところでこの道路、利用者からは「会社線」「KK線」などと呼ばれている。会社線は株式会社の道路なので分かるが、KK線は何の略だろう。同社に尋ねると「abushiki aisha」のKKだという。昔は株式会社のことをKKと略すことがあった。同社も「東京高速道路KK」と表記されることがあり、これがKK線との呼称につながったようだ。

 ちなみに東京高速の事務所の住所は「銀座1丁目3番先」。道路建設にあたって川を埋め立てた後、中央区と千代田区、港区との間で境界線が定まらなかった。高架下にある銀座インズなどのショッピングセンターにも正式な住所はない。郵便や税金などの支障はないとはいうが、何とも落ち着かない。
■わかりにくい東京の環状道路 未完の「環3」、文京区に痕跡



汐留では環状2号の工事のため、首都高の高架が一時的に撤去された
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汐留では環状2号の工事のため、首都高の高架が一時的に撤去された

 銀座を囲む東京高速は新橋と京橋で首都高に接続している。しかし現在、新橋側では接続を休止している。訪れてみて驚いた。高架状の道路がぷっつり、切れているのだ。

 「環状2号線の工事をしています」。工事関係者が教えてくれた。聞けば環状2号には未開通区間があるという。汐留から虎ノ門までの地下道路で、2014年に開通の予定だ。マッカーサー道路とも称される道路の工事のため、首都高の一部を撤去したという。
 東京の環状道路といえば環7、環8が有名だが、それだけではない。1号から8号まで8路線ある。

 1号は内堀通りや日比谷通り。2号は新大橋通りや外堀通りだ。3号は外苑東通りや目白通りで、4号は外苑西通りや明治通りなど。5号は明治通りや御苑通り。6号は山手通りだ。実際に環状になっているのは1号と7号だけで、あとは未開通だったり計画自体が環状ではなかったり。4号と5号は一部で重なっているなど、実にわかりにくい。

 象徴的なのは環状3号だ。地下鉄丸ノ内線の茗荷谷駅(文京区)から5分ほどの場所に、播磨坂という場所がある。桜の名所として知られている。ゆったりとした道路はしかし、500メートルほどしかない。戦災復興事業の一環で環状3号の一部として整備されたが、前後の道路ができず、わずか500mの「立派な道路」がぽつんと取り残された。戦災復興事業で東京中に緑豊かな環状道路網を構想したのも石川栄耀氏。しかしその理想は一部しか実現していない。(河尻定)

2012年9月25日火曜日

反日デモ暴動の陰に習キンペイの反日の影

胡主席が当面存在感か 中国、保守派巻き返しが火種

2012/9/29 3:30    日経

  中国共産党が指導部を刷新する党大会の11月8日開催と、
有力者だった薄熙来氏の処分を公表した。
双方に次期指導部人事を巡る権力闘争が絡む構図だったが、
薄氏擁護論を抑えた胡錦濤国家主席は当面、一定の存在感を維持するとの見方が強まる。
ただ沖縄県・尖閣諸島を巡る日中対立が続く中、
知日派とされる胡氏らと一線を画す党内保守派の巻き返しも想定され、
日中間の火種となる可能性もある。

 ■軍事委主席に留任?

 薄氏の処分を巡っては厳罰を免れそうだとの見通しも出ていたが、
胡氏は厳しい処分を下した。
背景には、胡氏主導で進んでいた人事調整が、
薄氏支持者の多い党内保守派の抵抗に遭っていたという事情が大きい。

 尖閣問題を引き金とする一連の反日デモでも、
保守派とみられるグループが
薄氏の信奉した毛沢東主席の肖像画を掲げて行進する姿が目立った。
現場からの報告映像を、胡氏が強い危機感を持って見たことは想像に難くない。
これが厳しい処分につながったようだ。

 党内保守派を抑えて処分を決めたことで、
胡氏が今後も党内に一定の影響力を残すという観測が広がる。
ただ、どのような形になるかは不透明。
江沢民前国家主席と同様に、
党総書記退任後も人民解放軍の最高決定機関に当たる党中央軍事委員会の主席に留任し、
軍を背景に権力を維持する可能性はある。

 ■尖閣問題に習氏の影

 とはいえ次期最高指導者となる習近平国家副主席も主導権確保を急ぐのは確実。
元副首相を実父に持つ習氏は薄氏と同じ党の老幹部の子弟ら「太子党」の一人で、
保守的思想の持ち主とされる。

 実際、習氏は既に党内向けの勉強会で何度も、
2021年の共産党建党100周年へ「中華民族の復興」を目指す考えを表明。
尖閣問題を巡る日中の対立激化に習氏の影を感じ取る向きも多い。

 「島を返せ。中華民族の屈辱の歴史を繰り返すな」――。
デモ隊の叫びは習氏の主張ともダブる。
習氏が今後、党内掌握の手段として、
胡氏を突き上げた保守化の波に同調し始める可能性はある。

 習氏を筆頭とする次期指導部は、
毛沢東主席を「革命第1世代」と数えると「第5世代」。
1966年からの文化大革命で10歳代後半の教育機会を奪われた層だ。
「敵と味方を峻別(しゅんべつ)し、行動が直情的」「世論に流され、
外国との摩擦に過剰反応しかねない」(共産党元幹部)との評も聞かれ、
日本など周辺国にとって中国の保守化は新たな火種となりそうだ。

2012年9月24日月曜日

技術は一位でなぃと二位では競争に負けるんだ

2012年9月28日 (金)
世界最高レベルの計算速度を持つスーパーコンピューター“京”が28日、
本格稼働を始めた。
京は、1秒間に1兆の1万倍の1京回もの計算ができる、とてつもない性能のコンピューターで、
国家プロジェクトとして、2006年から開発が進められていた。
 かつて、国の事業仕分けでやり玉にあがり、事実上の凍結判定を受けたが、
その後、科学者の猛反発で、予算が認められた経緯がある。
去年6月には 計算速度の世界ランキングでトップに輝いた。
 今は、アメリカのスーパーコンピューターに抜かれ、2位になったが、
京は新たに“実用の時代”に入った。
単に計算が速いだけではない京を使い、多岐にわたる分野で応用が可能になった。
今、気象庁のスーパーコンピュータでは、
日本を5キロ四方に区切って、天気を予測しているが、
ゲリラ豪雨や竜巻のような局地的な現象は
最低でも2キロ以下の解像度にしない限り、予測できない。
京の計算能力があれば、
膨大なデータ処理もこなして積乱雲の動きやゲリラ豪雨の場所を素早く予測できる。
また、産業界もその驚異的な性能を活かそうとしている。
自動車メーカーなど13社と、北海道大学の坪倉准教授の研究グループが、
京を使って、次世代の設計システムを開発するプロジェクトを立ち上げた。
京を利用することで、実際に車を走らせた時に近い、詳細なシミュレーションが可能になる。
さらに、京の計算能力は、ES細胞やiPS細胞など再生医療分野でも待ち望まれていた。
京の開発費は1111億円。年間の維持費は100億円程度かかる。
しかし、ほかにも希少金属=レアメタルの代替物質や新素材の開発に応用でき、
期待は高まるばかりだ。

2012年9月23日日曜日

こむら返り、よく起こる人ご用心 病気や薬が原因のケースも

こむら返り、よく起こる人ご用心 病気や薬が原因のケースも
 運動時や睡眠中に足のふくらはぎが強い痛みとともに痙攣(けいれん)するこむら返り。原因は様々だが、汗をかく夏場は水分不足などで起きやすいといわれる。頻繁に起こり長期間続くようなら、病気などが原因の可能性もある。その場合は診察を受けるよう専門家はすすめている。

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 こむらとは、ふくらはぎのこと。この筋肉が過剰に収縮したままになり、足がつるのがこむら返りだ。
 考えられる原因は非常に多い。日ごろ運動不足の人が急に運動した場合や脱水状態、熱中症の際にもみられる。筋肉にかかわるナトリウム、カリウムなど電解質のバランスの崩れも原因になりやすい。このほか、足が冷えたときや妊娠中、病気では腰椎の疾患、糖尿病、肝硬変、腎不全などで起こるケースもある。
 東京都内在住の60歳代のA子さん。ふだんから足が重く感じ、最近は早朝に足がつることも多かった。温泉旅行の際に、足に血管が浮き出ていると友人に指摘された。そこで専門医を受診すると、下肢静脈瘤(りゅう)と診断された。レーザー手術を受け、足がすっかり楽になった。
静脈瘤治療し回復

 下肢静脈瘤はこむら返りを起こす病気の一つ。両国あしのクリニック(東京・墨田)の工藤敏文医師は「ありふれた病気で、高齢者に多い。患者は女性が男性の2倍以上だ」と説明する。この病気は足の静脈弁が壊れ、血液が逆流して血管内にたまる。血管が網の目状に浮き出るタイプと、ぼこぼことこぶ状に膨らむタイプがある。こぶ状タイプでは、こむら返り、足が疲れる、だるいなどの症状が出る場合がある。これはこぶ状に見えなくても表れることがある。
 「症状が頻繁で、何カ月も続く場合は血管外科や下肢静脈瘤の専門医を受診してほしい。超音波検査ですぐにわかる」と工藤医師は話す。命にかかわる病気ではないが、自然に治ることもない。レーザー治療なら切開せず約30分で済み、日帰りできる。昨年、健康保険の適用になった。
夏はカリウム補給を

 睡眠中のこむら返りは、多くの人が一度は経験したことがあるだろう。寝ているときは自然と足のつま先が外側へ伸びるなどし、ふくらはぎの筋肉は逆に縮む。縮んだ状態が続くと痙攣が起きやすい。中高年に多く、足の指や太ももに起きる場合もある。
 国立精神・神経医療研究センターの三島和夫・精神生理研究部長によると、米国の調査では睡眠関連のこむら返りが2カ月に1回以上ある人は60歳以上で3人に1人。80歳以上では2人に1人に増える。毎日のように起こる人は60歳以上で6~8%といわれる。
 「数カ月に1回程度なら経過をみてもよい」と同センター病院の睡眠障害外来も担当する三島部長は話す。だが、「夜中に週1回以上起き、それが長期間続いている人は睡眠の質が低下したり、他の病気や治療薬が原因だったりする場合もある。我慢せず医師の診察を受けた方がよい」と助言する。薬が原因なら別の種類に調整できることもある。

 起きたときの対処法の一つは、つま先を手前に引き、ふくらはぎの筋肉を伸ばすこと。この際、ひざは曲げないようにする。「手が届かない人はつま先にタオルを引っかけたり、たんすの角に押し付けたりする方法もある」(三島部長)。予防策としては、入浴して血行をよくし、寝る前につま先を手前に引いてストレッチしたり、ふくらはぎをマッサージしたりする。

 「夏は汗をかいて水分やナトリウム、カリウムなどを失うことが多いので注意が必要だ」と指摘するのは、有楽橋クリニック(東京・銀座)などを経営する三喜会の林泰理事長だ。カリウム補給には、緑黄色野菜やバナナなどの果物を多めに食べるのがおすすめという。運動前はしっかり補充し、こむらを伸ばす準備運動をする。前日にお酒を飲み過ぎて脱水状態にならないように注意する。

 また、一時的な糖分の取りすぎで起きることもあるという。「こむら返りは運動不足や偏った食事など生活の乱れのサインかもしれない。もし起きたら、自分の生活を見直してみてほしい」と林理事長は話す。

 治療に漢方薬を使うケースもある。代表的なのは芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)で、服用すると「通常は2、3分で、早い人は1分以内で治まる。睡眠時にこむら返りを起こしやすい人は、寝るときに枕元に置いておくとよい」と北里大学東洋医学総合研究所の花輪寿彦所長は説明する。

 この薬は妊娠中でも使え、ほとんどの人は問題なく服用できる。ただし飲み続けると、まれに足のむくみ、血圧上昇、血中カリウムの低下などが起きる場合もあるので注意が必要だ。このほか、八味地黄丸(はちみじおうがん)は高齢者のこむら返りに適しているという。「どのようなこむら返りかによって、使い分けることもできる」と花輪所長は話している。
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2012年9月22日土曜日

老後のお金のすべて 退職後の生活と不十分年金

退職後の生活、年金だけでは不十分老後のお金のすべて

■老後のお金Q&A

【Q】老後の生活費は、年金だけで足りますか。
【A】足らないと考えた方がよさそうです。2010年のデータでは、60歳以上の無職世帯の支出は月24万円程度。貯蓄などを毎月約5万8000円取り崩す状態です。

  老後の生活費はいくらくらいかかるのか。総務省の家計調査 (2010年)によると、世帯主が60歳以上の無職世帯の消費支出は約24万円。内訳は図1の通りだが、月5万8000円不足する計算になるため、預貯金を取り崩してまかなっている。

図1 高齢無職世帯の収入と支出  世帯主が60歳以上で無職の世帯(世帯員が2人以上)の実収入は21万8388円、そのうち85%は公的年金などの社会保障給付が占める。消費支出は24万5870円で、食費は約6.2万円、住居費は約1.5万円。世帯主が60歳以上の世帯のうち、23%が高齢夫婦無職の世帯(夫65歳以上、妻60歳以上)となっている。データの出所は総務省「家計調査」(2010年)。
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図1 高齢無職世帯の収入と支出  世帯主が60歳以上で無職の世帯(世帯員が2人以上)の実収入は21万8388円、そのうち85%は公的年金などの社会保障給付が占める。消費支出は24万5870円で、食費は約6.2万円、住居費は約1.5万円。世帯主が60歳以上の世帯のうち、23%が高齢夫婦無職の世帯(夫65歳以上、妻60歳以上)となっている。データの出所は総務省「家計調査」(2010年)。


 30~50代の現役世代の場合、生活費をさらに切り詰める必要がありそうだ。年金財政の悪化で将来、支給額が減ることや支給開始年齢が引き上げられる(年金をもらえる年齢が上がる)ことが予想される。また、支給額は変わらなくても、消費税 の引き上げ、医療費や介護費用の自己負担額引き上げで支出が今より増えると考えられる。
 専門家への取材を総合すると、現役世代がもらえる年金は「今より3割程度減る」という人が多い。厳しく見積もって5割減の予想も含め、現在の高齢者並みに生活費を使うとどうなるか。60歳退職時に3000万円の金融資産があるとして、試算した(図2)。すると、今の高齢者と同額を支出した場合、65歳支給開始で支給額3割減の場合(将来1)は73歳で、67歳支給開始で支給額5割減の場合(将来2)は70歳で資金がゼロになってしまうことがわかった。

図2 年金の支給条件が現行方式よりも厳しくなったときのシミュレーション 60歳で退職するときの貯蓄3000万円が、その後何歳まで持つかを「将来1」~「将来3」の3通りのパターンで試算した。試算条件は次の通り。[将来1]年金支給額が現在より3割減、支給開始年齢が65歳からで生活費月額が現在の高齢者並みの場合[将来2]年金支給額が現在より5割減、支給開始年齢が67歳からで、生活費月額が現在の高齢者並みの場合[将来3]年金支給額も生活費月額も現在より3割減で支給開始年齢が65歳からの場合
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図2 年金の支給条件が現行方式よりも厳しくなったときのシミュレーション
 60歳で退職するときの貯蓄3000万円が、その後何歳まで持つかを「将来1」~「将来3」の3通りのパターンで試算した。試算条件は次の通り。
[将来1]年金支給額が現在より3割減、支給開始年齢が65歳からで生活費月額が現在の高齢者並みの場合
[将来2]年金支給額が現在より5割減、支給開始年齢が67歳からで、生活費月額が現在の高齢者並みの場合
[将来3]年金支給額も生活費月額も現在より3割減で支給開始年齢が65歳からの場合


 どうすればいいのか。月の支出を現状より3割抑えて19.6万円とすれば65歳から3割減の支給でも90歳までもつ。実際、節約生活が身に付いた現役高齢者世帯の中には、この金額でやりくりしている人もいる。

 さらに60代以上の豊かさを左右する要素のひとつが、同じ世帯に家族がどれだけいるかということ。住友信託銀行が2011年にまとめたリポート「世帯形態別にみた60代以上の貯蓄と家計運営」によると、60代以上の世帯の1人あたりの貯蓄残高は、1人暮らしが1500万円強あるのに対して、夫婦と子ども世帯では750万円弱にとどまり、2倍の開きが生じた。子どもがいる場合は、早いうちから経済的な独立を促すなど、現役のうちから心がけておこう。

アキレス腱断裂、30~40代で多発 日常生活でも発生

アキレス腱断裂、30~40代で多発 日常生活でも発生

 スポーツの秋を迎え、夏の間の運動不足を解消しようという人もいるだろう。けがをしないように励みたいところだが、特に中年で注意したいのは重傷度が高いアキレス腱(けん)の断裂だ。中にはあまり痛みを感じないため断裂したことに気付かず、治療の開始が遅れたりすることもある。日常生活でも起こるので気をつけたい。

 腱は筋肉と骨をくっつけている組織で、主成分はコラーゲンの線維。アキレス腱は、ふくらはぎの腓腹(ひふく)筋とヒラメ筋を、かかとの骨の踵(しょう)骨に付着させている。人体の腱ではもっとも強く大きい。

30~40代で多発




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 アキレス腱が切れたときは後ろから蹴られたり、棒でたたかれたりしたような衝撃を感じる。バチッといった音がすることもある。「30代ぐらいから増え、40代でスポーツ中に起こす例が多い」と順天堂東京江東高齢者医療センターの副院長を務める黒澤尚・順天堂大学特任教授は話す。

 一般にバドミントン、バレーボール、テニスなどで発生が多いといわれる。ダッシュやジャンプ、急に止まる、強く踏ん張るなど瞬間的に強い力がかかる動作は足に負担をかける。黒澤副院長によると、ボウリングでボールを投げた際や、ゴルフで切る例もある。ゴルフではボールを上り坂になっているラフに打ち込み、そこを駆け上る時などが危ない。

 まっすぐ立った状態に対し、つま先を上げる方向に足首の関節を曲げることを「背屈」と呼び、この動作をすると、アキレス腱は緊張し、断裂の恐れが増す。坂を上るときはこの状態になっている。日常生活でも坂道を走って上るときに切ったりする。スポーツ以外では階段の踏み外しや転倒の際も要注意だ。
 治療法は2つに大別できる。手術療法と手術をしない保存療法だが「ケース・バイ・ケースで一長一短。よく医師と相談して決めてほしい」(黒澤副院長)。手術時の入院は通常1週間以内という。

 一般に多いのは手術療法。切れた腱の端と端を縫い合わせる。背屈とは逆につま先を下げる方向に足首を曲げることを「底屈」と呼ぶが、手術をしたら目いっぱい曲げた最大底屈位という状態にギプスで固定する。その後、固定する底屈の角度を段階的に小さくしていく。このほかに切開をしないで、小さな穴を開けて縫い合わせる方法もある。

 取り外しができる装具などを使ったリハビリ運動も組み合わせる。リハビリをするのは(1)他の筋肉が弱る(2)足首が硬くなる(3)足首を上下に曲げる力が弱くなる――といった症状を防ぐためという。



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 一方、保存療法は最大底屈位に固定、切れた腱の端同士を接触させ、自然に再生させる。「人間に本来備わっている治そうとする力を活用するシンプルな治療法だ」と全日本男子バレーボールのチームドクターでもある杏林大学病院の林光俊医師は説明する。

 手術や入院がないので患者の負担が軽く、それだけ治療費も少ない。一部で見られる傷のうずきや皮膚がつっぱる感じも、手術の場合よりはるかに少ないそうだ。傷痕がないこともあって「1年ぐらいたつと、けがをしたことを言われるまで忘れている人もいるぐらい、ほぼ完全に元に戻る」(林医師)という。

 切れた部分を糸で縫ってないので、ギプスで固定する期間は手術よりもやや長く、治療期間も少し延びるが、せいぜい1カ月程度の差という。断裂してからあまり日数がたつと癒着して再生が難しくなるので、原則、けがから5日以内に治療を始める。
転倒で再発も


 手術と同様、固定する角度は段階的に小さくしていく。ギプスや装具を外すようになる時期は転倒などで再び断裂してしまう危険が最も高いので、特に注意が必要だ。

 治療以前に注意したいのはけがが発生した時の対応だ。アキレス腱断裂は痛みがあまりなかったり、歩けたりすることもある。このため断裂とは思わずに何週間もたってから受診する例がある。勝手に判断せずに、早めに受診した方がよい。

 断裂の簡易な診断法としてはトンプソンテストがある。まず、うつぶせになり膝を直角に曲げて膝から下を垂直に立てる。この状態でふくらはぎを握ってもらうと、正常ならつま先が上がり底屈する。断裂していると底屈が起きない。また、断裂するとつま先立ちができなくなる。腱が切れた部分はへこむ。

 もっとも、けがはしないに越したことはないので予防が一番。「趣味でスポーツをする人は始める前に10分間、ストレッチ体操をしてほしい」と黒澤副院長は訴える。ストレッチの仕方をよく知らない人はラジオ体操でもよいという。

2012年9月21日金曜日

退職貧乏父さんにならない方法

 現役時代に幸せなリタイア生活を夢見ていても、退職後に「こんなはずではなかった」とトラブルに遭遇して後悔する人が少なくありません。典型的なのは、退職前に妻の不満を軽視していたり、退職後にぜいたくな旅行や買い物をしたりするといった5つの落とし穴です。どのようなリスクが生じやすいかを見極めて、「ハッピー退職」を実現させましょう。

 「日経マネー」では、個人投資家の実態を明らかにするためのアンケート「個人投資家調査」を毎年実施している。2012年の調査[注]では、有効回答者6518人の中で60歳以上の回答者は1081人いた。この世代の特徴は、他の年代と比べて最も金融資産が多いことだ(図1)。退職金と年金をもらっている世代なので、2000万円以上を保有する人が50%もいる。ちなみに50代では37%、40代では27%しかいない。一方、自分の投資手法に満足していない回答者が多く(図2)、幸福度が高い人でも必ずしも金融資産が多いとは限らない(図3)点が目に止まる。

図1 60歳以上の人の現在の金融資産額(「日経マネー」個人投資家調査 2012年版の結果。図2、図3も同様)
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図1 60歳以上の人の現在の金融資産額(「日経マネー」個人投資家調査 2012年版の結果。図2、図3も同様)

図2 自分の投資方法に対する満足度
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図2 自分の投資方法に対する満足度


図3 幸福度が高い60代の金融資産額。なお、「幸福度が高い60代」とは、アンケートの別設問で現在の幸福度を10点満点中で9点以上と答えた60代回答者のこと
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図3 幸福度が高い60代の金融資産額。なお、「幸福度が高い60代」とは、アンケートの別設問で現在の幸福度を10点満点中で9点以上と答えた60代回答者のこと

■「ハッピー退職」を阻む5つの落とし穴

 ではどうすれば「ハッピーな生活」を送れるのだろうか。会社勤めを終えた退職後は、妻とビジネスクラスで海外旅行へ行ったり、畑で野菜作りに励んだりするなど、“人生の楽園”のような生活に憧れている人も多いだろう。サラリーマン生活も50歳を超えると、そろそろリタイア後の生活が脳裏をよぎる。頑張って働いてきた自分、家庭を支えてきた妻、社会に出る子供に有形無形で感謝したい……。このように思う「お父さん」は、ちょっと待ってほしい。誠実な思いとは裏腹に、資産形成にとってはマイナスになり、ひいては大切な老後生活が悲劇に転じる落とし穴がゴロゴロある。典型的な5つの事例をまとめたので1つずつ点検していこう。

【落とし穴その1】退職祝いに世界一周旅行を計画

 まずは「退職祝いの世界一周旅行」。思い当たる方も多いのではないだろうか。退職前後のサラリーマンに資産形成のアドバイスを多くするFP事務所ガイア代表取締役社長の中桐啓貴さんは、「退職金でドカンと買い物をして失敗する例が一番多い」と指摘する。旅行に限らず、退職金振り込み先の銀行からあの手この手で勧誘され、金融商品を数百万円単位で買ってしまう例も珍しくない。

 退職金をもらうと、財布のひもが緩みがちだが、退職後は「家計のギアチェンジ」をしなければならない。旅行に限らず、資産運用もあせらず、時間をかけてゆっくり使い方を研究しよう。

 フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史さんは、「これまで投資を一切してこなかった人が、退職金が出たからといって投資を始めるのはリスクが大きすぎる。少なくとも少額の投資で慣らし運転をしてから始めよう」という。また、同研究所の調べによると、退職した年の前年の日経平均株価 の年間騰落率が大幅なプラスだと投資した人の比率が高く、逆にマイナスだと低くなる傾向があるそうだ。「相場に振り回されないよう、投資の基礎知識を学ぶ期間を経て実践しよう」(野尻さん)。


【落とし穴その2】「俺は仕事一筋。家は妻に任せきり」

 次に失敗例が多い「落とし穴」が、妻との関係だ。夫は仕事に打ち込み、妻は食事の支度や夫の出張準備などに追われ、平日夜に夫は不在、などという生活で不満が堆積されると、熟年離婚も人ごとではない。

 会社で出世したかどうかに関係なく、妻の不満は意外と大きいと考えるべきだ。「これまでの感謝を退職後に表現したい」と思っても、「時すでに遅し」かもしれない。家事・育児を任せきりだった家庭では熟年離婚の可能性も高い。「退職後、急に夫婦で話し合うというのは難しい。退職前から、リタイア後はどんな暮らしをしたいかなど、お互いの価値観を確かめ合う時間を持つことしか対策はないです」と中桐さんは指摘する。

【落とし穴その3】不動産投資で不労所得を得る

 ほかによくある落とし穴としては、“不労所得”に憧れて退職後に不動産投資を始めて失敗する例だ。現在の70~80代の人の中には成功したケースもあるが、「今は昔」と考えた方がいい。不動産関係の仕事をしていたなど、よほどノウハウがない限り素人はリスクが高い。資産価値の下落傾向が強い日本の不動産を憧れだけで購入することは、素人にはハードルが高すぎるだろう。


【落とし穴その4】子供のために学歴を高める資金支援

 2010年の総務省家計調査 によると、世帯主が65歳以上の無職世帯の1カ月の家計収支は約3万8000円の赤字で、不足分は貯蓄など金融資産の取り崩しでまかなわれている。ファイナンシャルプランナー の豊田眞弓さんは、「夫婦二人暮らしの場合、退職金を含め約3000万円前後の老後資金を準備しておきたい」という。(図4)。

図4 夫婦二人暮らしの老後資金のシミュレーション(ファイナンシャルプランナーの豊田眞弓さんによる試算)
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図4 夫婦二人暮らしの老後資金のシミュレーション(ファイナンシャルプランナーの豊田眞弓さんによる試算)

 しかし、その大切な貯蓄を、子供の教育のために費やしてしまう親もいる。特に最近みられる傾向は「グローバル化」の流れで、海外留学の費用や大学院の学費などに仕送りしてしまうパターン。やみくもに教育費を援助するのも考え物で、奨学金制度の活用も視野に入れたい。

落とし穴その5】趣味活動を増やして友達を作る

 最後に注意したいのは交友関係。「退職後は趣味活動に専念」と安易に捉えると、出費はバカにならない。多くの「退職父さん」に取材で話を聞くと、登山仲間と毎週オフ会があって飲み代がかさむ、妻が友人と歌舞伎通いで貯蓄が減ったなど、赤字エピソードは後を絶たない。特に年金生活が始まる65歳以降は「節約の時代」と考えを改めたい。以上5つの落とし穴を心に留めておこう。

2012年9月20日木曜日

「私、早退(早期退職)します」 実現への覚悟と準備

「定年前にさっさとリタイアして、余生をのんびりと幸せに過ごせないだろうか」。こんな風にふと思ったとしても、すぐに実行できる人はそう多くありません。ただし、早期退職を想定することは、退職後の生活や家計のあり方を真剣に考えるいいきっかけになるかもしれません。引退後のライフスタイルをイメージして、残された時間から逆算すると、現役時代に何をすべきかを明確にすることができます。幸せな「早退」(早期退職)を実現するためのポイントを検証しましょう。

 「日経マネー」がこれまでに取材した「退職父さん」の中には、定年を待たずに「早退」(早期退職)し、リッチに暮らす人が何人もいた。これらの人の家計管理を見て分かったのは、やはり退職後に自分と家族が生活していけるだけの十分な貯蓄をあらかじめ用意できるかどうかがカギになっていることだ。さらに、貯蓄額に加えて退職後も毎月何らかの収入源があると心強い。では一体、いくらの月収があれば「早退」後も生活していけるのか。年齢や貯蓄など、条件ごとに退職後に最低限必要な月収を「日経マネー」は調べた。それが図1の「早期退職サバイバル力」早見表だ。

図1 「年齢」「貯蓄」「退職金」の3要素で分かるあなたの「サバイバル力」早見表
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図1 「年齢」「貯蓄」「退職金」の3要素で分かるあなたの「サバイバル力」早見表


年齢、貯蓄、退職金から必要な月収を逆算しよう

 図1の見方を説明すると、まず縦軸で自分の貯蓄額をチェックする。次に横軸で自分の年齢と退職金(だいたい当てはまるものでOK)を探し、クロスしたところの数字をメモしよう。この数字が、公的年金支給開始(65歳として計算)までに生活するために最低減必要になる毎月の収入額だ。1カ月の生活費は、平成22年の総務省「家計調査 」から、高齢者総世帯の毎月の支出を約25万円として試算した。

 ただし、65歳以降の生活費はすべて年金でまかなう前提なので、この水準さえクリアできればいいという数字ではない。あくまで「最低限必要な月収」が分かるための早見表だ。ここから少しでも多く積み上げるよう準備したい。

 では具体的に見ていこう。「早退」に向けての「サバイバル力」は、「早退」年齢、そのときの貯蓄額、そして会社からもらえる退職金額から逆算できる。
 例えばあなたが現在50歳で、貯蓄額が1500万円、退職金が1000万円だとすると、「早退」してからの生活費は、25万円×12カ月で年間300万円。年金支給開始(65歳)までの15年間では合計で4500万円になる。貯蓄1500万円と退職金1000万円を使い切ったとしても、2000万円が不足する。つまり、毎月平均約11万円の収入が不可欠だということだ。
 1カ月に11万円なら夫婦2人でアルバイトをして稼げる金額かもしれない。さらにこれまで培ったスキルと人脈を駆使してもっと稼げば、毎月の収支は黒字になる。逆に11万円を稼ぎ続けることができなければ、家計は赤字に転落し、いつかは破産ということも考えられる。同じ55歳で「早退」する場合でも、貯蓄と退職金が合計して4500万円以上あれば、65歳までの生活費を貯蓄だけでまかなえる計算になる。
 ただ、子供が独立していない場合は要注意。「教育費は50代がピーク。大学生の子供が2人いれば年間200万~300万円かかることもあります」(ファイナンシャルプランナーの豊田眞弓さん)。
 さらに今後は公的年金も企業年金も、これまでのように受給できる可能性は低い。十分に資産設計をしてから「早退」を決意しよう。

■おカネだけはない、「早退」に必要なココロと体

 さて「ハッピー早退父さん」の共通点は、おカネの計算が上手なことだけではない。セカンドライフを自分色に染めることができる夢や生きがいへの挑戦が不可欠だ(図2)。せっかく会社を辞めたのに、目の前の生活や世間体にとらわれて夢を追うどころではなくなってしまっては意味がない。まずは人生のセカンドステージで自分が思い描く生き方を整理してみよう。

図2 幸せな「早退」に導く3つの掟(おきて)  退職の前にこれらの宿題を済ませておくことが、ハッピーな「早退」につながる。
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図2 幸せな「早退」に導く3つの掟(おきて)  退職の前にこれらの宿題を済ませておくことが、ハッピーな「早退」につながる。


 その生きがいを理解してくれる妻の存在も重要だ。FP事務所ガイア代表取締役社長の中桐啓貴さんは、退職前後の夫婦に向けて図3のような「人生ロードマップ」を記入することを勧めるという。

図3 ある夫妻の退職後の夢  妻は友達と韓国旅行、夫は妻と史跡巡り。夫は車購入、妻は妹と暮らすなど、夫婦で夢が違う例は珍しくない。
図3 ある夫妻の退職後の夢  妻は友達と韓国旅行、夫は妻と史跡巡り。夫は車購入、妻は妹と暮らすなど、夫婦で夢が違う例は珍しくない。

 このロードマップには、ゴール(目標)と達成する日付、必要資金額、達成できたときの(予想される)感情を具体的に書き込む。この作業を夫婦別々ですると、自分の意外な欲望や盲点だった夫婦の意識の違いがあらわになるという。「よくあるパターンは旅行の計画。夫は妻と一緒に欧州旅行をしたいのに、妻は友達と韓国エステ旅行に行きたいなど、掘り下げていくと見解の違いが見えてきます」と指摘する。さらに意外なことに「自分の余命を計画する」ことも効果的とのことだ。「あと何年生きるか、一度立ち止まって考えてみて。余生が20年としたら、やりたいことや必要資金などが具体的に把握できます」(中桐さん)。

■我が家の「価値観の階段」を具体的に作ってみよう

 「早期退職の準備として、夫婦でお互いの価値観を語り合おう」といっても、何から話せばいいのだろうか。 中桐さんは図3の「人生のロードマップ」と共に、「価値観の階段」を作ることを提案する(図4)。

図4 「価値観の階段」を作り、自分が何を重視しているのかを再確認しよう
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図4 「価値観の階段」を作り、自分が何を重視しているのかを再確認しよう


 まず図4左側の質問に答えていく。Q1の「おカネによって何を得られますか?」という問題に答え、次はその得られたものからさらに何を得られるかをQ8まで書き込んでいくという手法だ。これでQ1からQ8へと続く価値観の階段が出来上がり、自分が何を目指そうとしているのかが確認しやすくなる。「ポイントは、おカネが価値観の階段の中で一番下にあること。おカネは目的ではなくツールにすぎない。そのツールを使って何を得たいかを具体的に書き込むことで、自分のブレない価値観を再確認できます」(中桐さん)。

 中桐さんに相談に来た千葉県在住の木村和幸さん(仮名・52歳)は、退職後を見通して資産約7000万円の運用方法に頭を悩ませていた。家族は妻(45歳)、長男(25歳)、長女(22歳)の4人家族だ。木村さんは「価値観の階段」を作っていく上で、今まで仕事で忙しくて妻との時間が取れず、退職後は妻との時間をゆっくり作りたいという思いが強いことが分かった。さらに、心の充実感を求めていることや、お世話になった地元へ夫婦で社会貢献をしたいという価値観が見えてきたそうだ。

 また、「人生のロードマップ」には、経済的に自由になるために3年後には資産1億円に達成し、その後は夫婦で南仏旅行に行き、2世帯住宅を建てて孫の面倒を見たいということも書き込んだ。

 この作業を通して、木村さんはまず、保有株式や投資信託を見直し、安定的なリターンが得られるような債券中心の投資配分に見直した。そして、妻との旅行には200万円、2世帯住宅建設には3000万円使うと決めた。

 「価値観を夫婦で確認した上で、夢や挑戦を具体的に挙げていく。するとゴール(退職後)に向かって軌道修正することができます」(中桐さん)。「早退」志望者も、定年退職者も、夢ややりがいを実現させるための具体的なワークフローとして、上の3ステップを一度試してみてはどうだろう。