2012年5月17日木曜日

封印された「炉心溶融」 事故翌日に言及、担当者交代
福島第1原発事故 対策本部議事概要             2012/3/10付

 



 
政府が9日に公表した原子力災害対策本部の議事概要で、昨年3月11日の東日本大震災直後から東京電力福島第1原子力発電所事故での炉心溶融(メルトダウン)の可能性を想定していたことが明らかになった。菅直人首相らは早い段階で、最悪の原発事故にもなりうるとの危機感を共有していたが、こうした認識は対外的には公表されていなかった。事故に関する一連の記者会見では炉心溶融という表現を避けており、国民への情報発信の姿勢が改めて問われることになりそうだ。(肩書は当時)

 議事概要によると、11日午後7時すぎからの第1回会議で「(冷却装置の電池がもつ)8時間を超え炉心の温度が上がるようなことになると、メルトダウンに至る可能性もあり」と報告があった。発言者は閣僚とみられるが、誰かは公表していない。


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 12日昼の第3回会議では玄葉光一郎国家戦略担当相が「メルトダウンの可能性がある」と言及、1号機の水素爆発後に開いた12日夜の第4回会議でも菅首相が「スリーマイルのようなメルトダウンがありえるのか」と述べた。

 炉心溶融という言葉を巡っては、事故翌日の12日午後2時ごろからの記者会見で、経済産業省原子力安全・保安院の審議官が「炉心溶融の可能性がある」と初めて言及した。しかしその後、この審議官は会見担当から外れ、担当者は次々と交代。「炉心溶融」の表現は一切使われなくなり、「燃料被覆管の損傷」といった説明に変わった。

 議事概要からは、時間経過とともに、事故がより深刻になっていく状況が読み取れる。にもかかわらず、なぜ、炉心溶融やメルトダウンという言葉が公の場から姿を消したのか。

 先月、事故原因に関する独自調査の報告書をまとめた民間事故調の福島原発事故独立検証委員会によると、審議官の発言を聞いた枝野幸男官房長官が「まず官邸に知らせないということは何たることだ」と怒鳴り声をあげたといい、官邸が「実質的な更迭」の形で審議官を交代させたと分析している。

 保安院が、燃料棒の中の粒状に加工したウラン燃料が溶ける「燃料ペレットの溶融」という表現で、ようやく炉心溶融を認めたのは震災1カ月後の4月18日だった。それまでは、記者会見の度に炉心溶融について質問が出ていたが、核燃料を収めた被覆管が損傷しただけで、核燃料そのものが溶け落ちたことは否定していた。

 議事概要によると、14日午前の第7回会議で枝野官房長官が「情報発信について正確かつ迅速に。刻々と変わるので随時行う。評価・判断はあいまいにしないで決定の段階で公表」と述べた。確たる証拠がない段階での発表は控えるよう指示する趣旨の発言とみられる。

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