2013年6月11日火曜日

アベノミクスの迷い 政治アカデメイア

踊り場アベノミクスの迷い映す「神学論争」
 首相の安倍晋三が「秋に成長戦略第2弾に取り組む。思い切った投資減税を決める」と言い始めた。検討中の成長戦略は14日に閣議決定の運び。それを待たずに自ら踏み込み不足を認めたに等しい。そんなちぐはぐの底流には踊り場のアベノミクスの迷いを映す「神学論争」がある。

■「政労使協議の場」の裏にある麻生VS茂木

 「企業の設備投資が増えても、働き手の賃金はなかなか上がらない。ここは政労使でよく話し合わないとうまくいかない」

 6日の経済財政諮問会議。副総理・財務相の麻生太郎は政権発足時からの持論を繰り返した。これに民間議員の一人が「雇用改革も含め、政労使でざっくばらんな議論ができる場を政治の指導力でつくってほしい」と歩調を合わせると、経済財政・再生相の甘利明が「首相と相談して枠組みを考える」と応じた。



6日の経済財政諮問会議では政労使で雇用改革を議論する枠組み作りが話し合われた(首相官邸)
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6日の経済財政諮問会議では政労使で雇用改革を議論する枠組み作りが話し合われた(首相官邸)

 賃上げや雇用改革を巡る政労使の3者協議は、この日固まった経済財政運営の基本方針「骨太方針」素案も触れている。5日に産業競争力会議がまとめた成長戦略の素案も、3者による「包括的な課題解決に向けた共通認識を得る場」の新設を明記した。もう既定路線なのに、麻生はダメ押しとばかりこだわって見せた。背景にあるのが経済産業相の茂木敏充との論争だ。

 茂木 「設備投資を3年間でリーマン・ショック前の水準である70兆円以上に戻すため、既存の税制の拡充に加え次元の異なる支援策を講じる。思い切った税制措置・金融措置で、過剰供給構造にある業界の再編も迫る」

 麻生 「企業がリスクを取る意欲が減少している現状で、投資減税したら本当に投資をするのか。合併も誰かに言われたからではなく、生き残るために起きるものだ。政策減税の深掘りだけで企業が動くのか疑問だ」

 論争に火が付いたのは5月22日の競争力会議だ。茂木が打ち出したのは「企業の過少投資」「政府の過剰規制」「業界内の過当競争」の3つの是正を目指す「産業競争力強化法案」の策定である。規制改革に加え、設備投資や事業再編を促す税制措置、公的融資などの政策手段を5年間で集中投入するという。
茂木は成長分野への設備投資の爆発的増加を起点にして「企業収益が増え、個人所得も増えて消費の拡大につながり、また民間投資につながる好循環をつくりたい」と訴える。「異次元」を口にするが、内実は経済産業省が通産省時代からしばしば立案してきた伝統的な経済の供給サイド活性化の思想といえる。
■設備投資と賃上げ、起点はどちら

 これに真っ向から疑念をぶつけたのが麻生だ。「国内総生産(GDP)の6割は消費だ。民間投資の拡大と賃金の向上が両方来ないと消費は拡大しない」と需要サイドにも目を向ける。5月28日の諮問会議でも、消費を活気づける賃上げなしにはデフレ脱却もおぼつかない、と経営者の決断を求めた。内部留保をため込んだままなら「損をする」ような税制措置までほのめかした。

 「政策で民間企業にインセンティブをつければ、自然に生産性が上がり、雇用や所得の増加による好循環が動くのか。そうはならない。そうしなければ損をするような形にしないとダメではないか。企業の決断が必要だ。物価だけ上がり、賃金が上がらないと大変なことになる」

 元経営者の麻生には、雇用は守っても賃金は上げず、コスト削減で内部留保を増やして設備投資は控える企業の行動がデフレ下では合理的とも映る。流れを変えたいが、至難の業だと直感する。財務省にも「成長戦略にも真に異次元の発想が必要ではないのか」と「賃上げ→消費活性化→企業収益の向上→投資拡大」と賃上げを起点に逆回りの好循環を説く論者さえいる。

 甘利が麻生の主張に耳を傾け、1980年代のオランダのワッセナー合意をモデルに政労使の3者協議に取り組む。使用者側が賃上げに動く代わりに、労働側は雇用の流動化を容認する。政府は賃上げする企業への優遇措置や雇用規制改革で政策的に後押しする。これらをパッケージで議論し、政府が間に入ることで打開を目指す。諮問会議に専門調査会を設置する方向だ。










アベノミクス官邸会議が決めた主な施策
◎骨太方針=経済財政諮問会議
・ プライマリーバランスの赤字を15年度までに半減、20年度までに黒字化
・ その後の債務残高GDP比の安定的な引き下げ
・ 社会保障支出も聖域とはせず、見直し
◎成長戦略=産業競争力会議
・ 中長期的に2%以上の労働生産性の向上
・ 10年間の平均で名目3%程度、実質2%程度のGDP成長
   (10年後に1人当たり名目国民総所得(GNI)が150 万円以上拡大)
・ 政労使の「包括的な課題解決」に向けた3者協議を新設
・ 規制改革の突破口として、首相主導の「国家戦略特区」を創設
・ 設備投資や事業再編を促す「産業競争力強化法案」を立案
・ 17年度末までに40万人分の保育の受け皿を用意し、待機児童を解消
・ 環太平洋経済連携協定(TPP)、日中韓自由貿易協定(FTA)などの交渉促進
・ 公的年金などが保有する金融資産(公的・準公的資金)の運用方法の再検討
◎規制改革に関する答申=規制改革会議
・ 医薬品のインターネット販売の原則解禁
・ 認可保育所への株式会社、NPO法人の参入促進
・ 職務や勤務地などを限定した正社員の雇用ルールを14年度に整備
・ 労働者派遣制度を年内にも抜本見直し


アベノミクスのミッシングリンク(失われた輪)は設備投資か賃上げか。必要条件と十分条件の関係とも見えるが、麻生・茂木論争をもう一皮むけば、安倍内閣の権力構造の深奥での暗闘も浮かび上がる。経産官僚主導で進む政策決定に、財務官僚が懐疑的な目を向ける構図だ。
■経産省VS財務省の写し絵

 安倍の秘書官には政務担当の今井尚哉(昭和57年入省)、柳瀬唯夫(59年)と経産官僚が2人いる異例の布陣だ。元経産相の甘利が責任者だった自民党の衆院選公約に沿い、政策決定の司令塔として内閣に日本経済再生本部を新設し、競争力会議を置いたところから経産省色は鮮明だった。甘利は経産省製造産業局長の菅原郁郎(56年)に成長戦略を仕切らせている。

 財務省は民主党政権が休眠させた経済財政諮問会議の復活に動いて「マクロ政策は諮問会議、ミクロ政策は競争力会議」とすみ分けを試みた。税制問題は、両者のはざまで腰を据えた議論が進んでこなかった。麻生の茂木批判には、2013年度から設備投資や研究開発を促す法人税の軽減措置を拡充したばかりで、さらなるつまみ食いの減税要求をけん制する意図もにじんだ。

 参院選を控えて市場の期待をつなぎ留めたい安倍は、なりふり構わず年末の税制改正前倒しを口にする。従来型の成長戦略に疑念を隠せない財務省も異次元の金融緩和で乱高下しがちな長期金利に気が気でない。14年4月の消費税率引き上げ問題を抱え、アベノミクスをどう下支えするか、傍観者ではありえない。不協和音を抱えながら政権の「総力戦」は続く。=敬称略
 

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