2012年9月28日金曜日

炎天下の女川原発 19人の外国人専門家が見たもの

 7月下旬、6カ国・19人からなる外国人ばかりの専門家チームが東北電力・女川原発(宮城県女川町、石巻市)建屋に踏み込んだ。東日本大震災でどんな影響を受けたのか、詳しく実地視察するのがミッションだ。東京電力・福島第1原子力発電所の事故から間もなく1年半。政府や国会、東電などの調査でも事故原因は特定できず世論が「脱原発」に傾くなか、炎天下の女川で、彼らはいったい何を見たのか。

■会見で明かされたオナガワの実態





 8月10日夕、東京・内幸町にある「フォーリン・プレスセンター」の会見場。国際原子力機関(IAEA)や米原子力規制委員会(NRC)、フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)、民間の一線級の専門家ら総勢19人が姿を現した。7月末から8月上旬にかけ2週間にわたって女川原発を視察した「オナガワ・ミッション」のメンバーたちだ。

 福島原発事故の後、外国の専門家が日本の原発に入り、「ウォークダウン」と呼ぶ詳しい調査をするのは、これが初めて。会見場には国内外のメディアが待ち構えていた。代表して話をしたのはIAEA耐震安全センター長のスジット・サマダー。強行日程の直後とあって表情には疲れも見えたが、発したメッセージはきわめて明確だった。

 「2週間かけて女川原発の1~3号機を見て来た。あれほど巨大で長く続いた地震にあったにもかかわらず、驚くほど損傷が少なかったというのが結論だ」「(放射性物質のとじ込めなどで極めて高い性能が求められる)安全系の設備はいずれも健全だった。安全面で十分なゆとりを持つ設計になっていたことが分かった」



記者会見で話すスジット・サマダーIAEA耐震安全センター長(右)
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記者会見で話すスジット・サマダーIAEA耐震安全センター長(右)

 安全系ではない2号機と3号機のタービン建屋に損傷が見つかったものの、いずれも軽微で深刻なものはなかったとも説明した。

 スイス人記者が質問した。「女川は再稼働できるということか」

 サマダーが答える。「今回の視察は、再稼働の是非を判断するのが目的ではない。IAEAには加盟国に原発の運転の是非を指示する権限もない。ただ、女川を襲った地震の大きさを考えれば、もっと大きな損傷を受けてもおかしくなかった。しかし、実際にはそうならなかった、ということを申し上げている。視察で得たデータはIAEAに持ち帰って詳しく分析し、加盟国の原発安全性向上に役立つデータベース作りにつなげたい」
 サマダーが会見で視察結果の詳細や女川の再稼働問題に踏み込まなかったこともあり、この会見が大きく報道されることはなかった。詳しい内容を知るにはIAEAが9月中に発表する正式な報告書を待たなければならないが、オナガワ・ミッションは今後の原発論議の転換点になる可能性を秘める。

■ミッション立ち上げのキーマンが語る思い



東北電力女川原子力発電所
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東北電力女川原子力発電所

 そもそも、なぜこの専門家集団が結成されたのか。彼らは女川で何を見て、何を感じたのか。日本に住むひとりの米国人を訪ねた。

 英国のリスク分析会社ロイド・レジスターに所属するコンサルタント、ウディ・エプシュタイン。スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の事故評価を担うなど確率論で巨大技術のリスクを分析する専門家として知られる。2003年に内閣府の遺棄化学兵器処理事業を指導するために来日し、日本人の夫人と埼玉で暮らす。

 福島原発事故後は東京工業大学客員研究員の立場で事故分析に乗り出し、事故からわずか1カ月後の11年4月には論文を発表。その後も東電幹部への聞き取り調査をしながら、日本の原発の安全性を高める方策を提言してきた。

 今回のオナガワ・ミッションの中核メンバーとして活動を主導したのもエプシュタインだった。

 福島原発事故の後、事故対応や周辺住民の避難指示などをめぐり、東電や政府の失態が次々と判明。電力会社や規制機関、大学などからなる「原子力ムラ」に対する国民の不信感はピークに達した。原発の今後の扱いに関する議論は迷走した。



女川原発は福島第1を上回る強い地震に襲われた
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女川原発は福島第1を上回る強い地震に襲われた

 どの原発のどの部分が壊れ、どこが正常に機能したのかを第三者が点検し、情報を国民に提供できれば、原発の再稼働の是非に関する判断の材料になる――。そう考えたエプシュタインが「全原発視察計画」の実現へ向けて動き出したのは今年1月だ。

 まずは最初の視察先の選定。もちろん福島第1は候補だったが、地震と津波、水素爆発が連鎖した事故現場はいまも混沌(こんとん)としている。放射線量が依然高いエリアがあり、活動時間も限られる。検討の結果、最終的に選んだのは女川原発。「東日本大震災の時、福島第1を上回る最大の揺れに襲われたから」(エプシュタイン)だ。高さ14メートルに迫る巨大津波も押し寄せたが、それでも福島第1のような事故をまぬがれた女川を調べれば、有益な情報が得られるとの読みだった。
■東北電力が見せた意外な反応



総勢19人で2週間、女川原発を詳しく調べた
総勢19人で2週間、女川原発を詳しく調べた

 エプシュタインは4月、元上司で地震工学の著名な専門家、ピーター・ヤネフとともに、仙台市内の東北電力本店を訪れ、応対した副社長の梅田健夫らに、視察の受け入れを打診した。

 「女川原発の1~3号機について、地震と津波で受けた影響を詳しく調べたい」「震災でダメージを受けた施設、無事だった施設の双方について、視察結果を国内外に公表させてほしい」

 東北電力は意外な反応を見せた。視察の受け入れ、結果の公表の双方に応じるだけでなく、逆提案をしてきたのだ。「あなた方民間の専門家に、IAEAを加えてくれないか」

 「IAEAは日本人に知られており、信頼されている」というのが東北電力の言い分だった。IAEAの名前で視察結果が公表されれば、オナガワ・ミッションの権威が増し、とりわけ東北電力の管内に住む地域住民が原発の現状について耳を傾けてくれるというわけだ。梅田は視察を受け入れる理由について「東北の住民を安心させたい」と話したという。

 結局、ミッションの人数は官民合同の19人に膨らんだ。サマダー以下IAEA関係者が6人、ロイド・レジスターからはエプシュタインら6人が参加。米仏の原子力規制当局であるNRC、IRSNも専門家を送り込んだ。原子力大手企業、仏アレバも地震専門家を派遣した。ミッションの独立性を保つため、滞在費用は「参加者それぞれの持ち出し。日本政府や東北電力の支援は一切受けなかった」とエプシュタインは話す。



オナガワ・ミッションの主な構成メンバー
氏名 所属など
国際原子力機関(IAEA) スジット・サマダーら6人
米原子力規制委員会(NRC) 2人
フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN) 1人
リスク分析会社の英ロイド・レジスター ウディ・エプシュタインら6人
構造工学コンサルタント会社の英ペル・フリシュマン 2人
フランスの原子力大手アレバ 1人

 2週間に及んだ視察は苦労の連続だった。ミッションは日本の地方の町を訪ねるのは初めてというメンバーばかり。女川周辺に十分な宿泊先がなく、一行は毎日、小牛田から片道2時間ほどをかけて原発に通った。小牛田では着慣れない浴衣姿で寝泊まりし、日本語も分からないまま近くのスーパーに買い出しにも出掛けた。

 視察当時はロンドン五輪のまっ最中だったが、ゆっくりテレビ観戦といった余裕はない。ロイド・レジスターからの参加者には英国出身もいたが、「五輪よりも得難い体験をした」と振り返る。

 「驚くほど損傷が少なかった」という言葉に集約される今回の視察結果について、エプシュタインは「東北の人々にとって、グッドニュースだ」と訴える。

 現地で得た地面の揺れの大きさや時間、周波数データをもとにエプシュタインが試算したところ、「女川原発は計算上、壊れ始めるとされる値の3~4倍の強い地震に耐え抜いたことが分かった」という。福島原発事故の後、前首相の菅直人が原発再稼働の前提条件としてコンピューター・シミュレーションによるストレステストのクリアを打ち出したが、エプシュタインに言わせれば、現地視察でも貴重なデータは得られる。
 計算結果が正しいなら、女川は再稼働できるのか――。改めて聞くと、エプシュタインは「それを判断するのはやはり、あくまでも日本人だ」と話す。

■福島第1と命運を分けたポイントとは…



女川原発1号機の原子炉建屋内で説明を受ける
女川原発1号機の原子炉建屋内で説明を受ける

 無事だった女川と、事故を起こした福島第1。命運を分けたポイントは何だったのか。「評価には時間がかかる」としつつ、エプシュタインは、いくつかの要素について語った。

 原発の設計、施工方法の違い、過去地震にあった際の補修方法、点検と品質保証の違い……。そして最後に挙げたのが「(原発を運転する電力会社の)経営体制と企業文化の違い」だった。

 エプシュタインは東北電力について「きわめて協力的でオープンだった」と高く評価する。「2週間の視察期間中、東北電力は同行付きとはいえ、希望する施設にはすべて立ち入らせてくれた。聞き取りにも十分に応じてくれた」と明かす。丁寧な仕事ぶりが事故回避でプラスに働いたのではないか、と感じているという。

 視察の受け入れは東北電力にとって、いちかばちかの賭けという側面もあったはずだ。もし地震や津波による深刻な後遺症などが判明し、その内容が世界に公表されれば、東北電力の株価は急落し、経営危機に陥りかねない。



防護服を着て原子炉の中枢付近もチェックした
防護服を着て原子炉の中枢付近もチェックした

 しかし、その一方で、「原子力ムラ」への国民の不信は一向に解消せず、新たに原子力の規制や安全行政を担う原子力規制委員会の選任も遅れている。このままだと、日本人の独力では混乱状態から抜け出せそうにない。

 そう考えた東北電力は、むしろオナガワ・ミッションの受け入れを原発の健全性を内外に訴えるチャンスととらえ、協力姿勢を打ち出したに違いない。IAEAの受け入れをあえて逆提案したのはその証だろう。

 「情報隠しや検閲は一切しない、というのが視察の要件だった」とエプシュタインは振り返る。IAEAの名前で9月に発表する最終報告書も、19人のメンバー全員が署名することになっている。エプシュタインは強調する。「一部でも事実と異なる記載があれば、自分はサインしない」
■過去の報告書と異なる性格、新たな議論の契機に?



タービン建屋で
タービン建屋で

 7月までに出そろった政府や国会などの報告書は、あくまでも福島第1原発事故の原因究明が目的。しかも、地震に起因する直接的な原発損傷があったかなど基本的な部分での見解は分かれている。事故原因の究明には今後も多大な労力を注ぐ必要がある。

 一方、エプシュタインらによる視察は、東日本大震災で深刻な事故を免れた原発を徹底的に検証し、原発の安全性向上に役立つ教訓を引き出そうとする試みだ。

 「失敗から学ぶことも重要だが、うまくいった例からも同じくらい貴重な教訓を引き出せる」とエプシュタイン。「信頼できる分析結果があれば、良い判断材料になる。視察結果をもとに、原発問題について日本で新しい議論を始めてほしい」

 すでに女川視察に参加したメンバーは、ミッションの成果を生かそうと動き出している。例えば、女川に専門家を出した米NRCや仏IRSNは、両国がそれぞれ進める「全電源喪失状態」の回避策を含む原発耐震安全性の新基準作りに、日本で得た教訓を反映させようとしている。原子力ビジネスをてがける企業も、顧客に巨大地震への備えを十分に説明する必要がある。アレバはそのヒントを女川に探しに来たに違いない。



IAEAは9月中にオナガワ・ミッションの正式な報告書を発表する(ウィーンの本部)=AP
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IAEAは9月中にオナガワ・ミッションの正式な報告書を発表する(ウィーンの本部)=AP

 翻って日本。有識者を総動員して政府や国会、東電などが試みた福島第1の事故調査でも原因特定には至らず、世論は「原発は危ないからなくすべきだ」と「脱原発」に傾きがちだ。関西電力・大飯原発に続く再稼働の行方も不透明。だが一方で、電力会社は原発停止に伴い火力発電所をフル稼働し、日本の貿易赤字が過去最悪の水準になるほど燃料の購入費は膨らむ。高コスト体質の日本に見切りをつけ海外に出ていく企業の動きも、うねりになりかねない。

 国の在り方にもかかわるエネルギー問題は容易に答えが出るものではない。いま求められているのは、より多様な判断材料を土台にした議論を通じ、多くの人びとが納得できる解を探す努力を続けることだろう。9月に出されるオナガワ・ミッションの報告書を新たな議論のきっかけのひとつにしない手はない。

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